陽謀日記

陽謀を明かします

国守衆兵庫ch更新 「世界の多くの政府を転覆することができる」~名著紹介ブラックウォーター前編

傭兵会社の実態を知らずに現代の民営化戦争は語れません



「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」

ジェレミー・スケイヒル著 2014年作品社発行

 

911前日国防長官「敵は、ペンタゴン官僚主義だ」

 

今回ご紹介するのは「ブラックウォーター 世界最強の傭兵企業」です。以前紹介しました「対テロ戦争株式会社」と併せて読みたい本です。傭兵会社が共和、民主政権関係なく成長してきたことがわかります。結構な大書でありますので、2回に分けてお送りします。

前編では、とりわけ印象的なくだりを紹介しましょう。まずは例の事件の前日に行われた演説です。

要約しますと

ドナルド・ラムズフェルド国防長官が2001年9月10日、最初の重要な演説を行った。

演説の相手は、防衛契約という巨額のビジネスを監督する―ハリバートンやダインコープ、ベクテルズなどを管理する―ペンタゴンの担当者だった。これらの担当者は、エンロンノースロップ・グラマン、ジェネラル・ダイナミックス、エアロ・スペースコーポレーションの元幹部たちで、ラムズフェルド国防省の高官に抜擢した面々。彼は演説で、宣戦布告を宣言した。

※相手はもちろんアル・カイーダではありません。アメリカ人はこの日までアル・カイーダなど知らなかったからです。彼が言う「合衆国の安全に深刻な脅威をもたらす敵」とは、旧ソ連でもなく、独裁者でもなく、「敵は、ペンタゴン官僚主義だ」と言うわけです。そこで、「官僚主義から民間セクターにもとづく新しいモデルへと転換するよう呼びかけた」のです。

※まさに、911の前日に安全保障にさらなる民営化の必要性を訴えたわけです。何という偶然でしょうか。

 

ペンタゴンは大手兵器製造会社出身者で満ちあふれていた」

国防省の高官に多数の軍需会社から抜擢されていることに驚かれる方も多いでしょう。その具体的な人物名と古巣の会社名も書かれています。

 

ペンタゴンは、ポール・ウォルフォウィッツ(※ネオコンとして知られています)らのイデオローグ(※理論的指導者)、ピート・オルドリッジ国防次官(エアロスペース社)、トーマス・ホワイト陸軍長官(エンロン)、ゴードン・イングランド海軍長官(ジェネラル・ダイナミックス ※米国会社四季報-国防大手。)、ジェイムズ・ロッシュ空軍長官(ノースロップ・グラマン ※米国会社四季報―米政府向けの売り上げが8割を超える国防大手)などの元企業幹部ら―その多くは大手兵器製造会社出身だった―で満ちあふれていた。

※軍需部門のある大企業から自衛隊の幹部になるようなことを日本人はあまりイメージできないでしょうが、これがアメリカの現実です。

ウクライナをブリンケンと訪れていた現国防長官のロイド・オースティンもトマホーク、パトリオットを開発したミサイル世界トップメーカーのレイセオンの元役員。こうした指摘を大手紙、テレビはまったくしません。

 

「ブラックウォーターは世界の多くの政府を転覆することができる」

本書の主役であるブラックウォーターのまとめを引用しましょう。

武装ヘリコプターを含む二〇機以上からなる航空隊を擁し、偵察飛行船部門を有している。ノースカロライナ州モヨックにある七〇〇〇エーカーの本部は、世界最大の民間軍事施設である。そこでは、一年に数万人もの連邦警察官や地方警察官、『友好国』の部隊が訓練を受ける。同社には独自の諜報部門もあり、元軍人や元諜報高官が重役の座に就いている。(中略)政府から得ている契約は、一〇億ドル以上にのぼる。しかも、これには米国諜報部や民間企業・民間人、外国政府のための活動に関わる『闇』予算は含まれていない。ある米国議会議員が言ったように、厳密に軍事的観点からは、ブラックウォーターは世界の多くの政府を転覆することができる。(中略)ブラックウォーターは傭兵部隊であり、エリック・プリンスというただ一人の人間の指揮下にある。プリンスは急進的右派クリスチャンの大富豪で、ブッシュ大統領の政治活動だけでなく、右派クリスチャン政策のために多額の資金を供出している」

※億万長者プリンス家(※うそのようですが)の御曹司で元特殊部隊ネイビーシールズ隊員エリック・プリンスが1997年に設立した傭兵会社ブラックウォーターですが、2001年911テロの際はほとんど無名でした。イラク戦争を足掛かりに急成長した同社は戦争の民営化の象徴的存在と言えます。

そもそも

大規模な軍の民営化が始まったのが1989年から1993年パパブッシュ政権下で国防長官だったディック・チェイニーの時代。1991年当時戦地に送られた者の官民比率は10対1と。「チェイニーはこの比率を増大させることに燃えていた」と書かれています。

チェイニーは任期を終える際、のちにCEOとなるハリバートンの子会社ブラウン・アンド・ルート(のちにKBR)に、軍の支援サービス―兵士の住居、食事、洗濯など―の多くを民営化する方法を調査する機密研究を委託した。ということです。

ディック・チェイニードナルド・ラムズフェルドは盟友です。民営化への移行期に訓練施設が閉鎖されたことがもとは民間訓練施設の同社にとって急成長のもとになりました。ブラックウォーター社名の由来は、ヴァージニア州東部からノースカロライナ州北東部に広がる11万1000エーカーの泥炭地の黒い水。ちなみにプリンスの姉ベッツィーはアムウェイの創設者とされ、トランプ政権では教育長官を務めました。

 

イラクで最も憎まれている米国の占領者の命を守るために、手段を選ばずその役目を果たしてきた」

ここで本書の冒頭に戻ります。

エリック・プリンスが呼ばれた下院監査政府改革委員会公聴会の様子から始まります。ブラックウォーターがイラクでの”イラク総督”となる大使らの要人警護契約を結んでから4年たった2007年9月16日イラクバグダッドのニスール広場でブラックウォーターの傭兵が突然銃を乱射、イラク人17人が死亡し、20人以上が負傷しました。この責任を問われたのです。同社を相手取った訴訟も起こりましたが、米国政府の公然の汚い秘密として「イラクで最も憎まれている米国の占領者の命を守るために、手段を選ばずその役目を果たしてきた」ため成長のブレーキにはなりませんでした。

数多くの米軍兵士がイラクでの殺人関係の罪で軍法会議にかけられてきましたが、ブラックウォーターの傭兵の中でどのような法制度の下であれ罪に問われた者は誰一人いなかった、のです。

※ジュニアブッシュ共和党政権下で伸張したブラックウォーターなどの傭兵会社ですが、そもそも民主クリントン政権で萌芽し、オバマ民主党でもさらに成長しました。左右の議論は無意味かもしれません。また、トランプは乱射したブラックウォーター社員4人に恩赦を与えました。

議会での議論も不要だし、自国の兵士が死なないからうしろめたさもない。民間だが、国との契約に基づくので秘密も保てる。軍の民営化の流れにはとても抵抗できないのかもしれませんが、「トランプは戦争嫌い」というくくりは額面通りに受け入れられません。国軍を使っていないことが罪悪感を薄めているのではないでしょうか。

一方、この事件を機に吹き上がった反米意識が別の傭兵4人の殺害事件、米軍による報復のイラクファルージャ空爆につながります。

前編はここまでです。次回後編で日本とのかかわりについても見ていきます。